ハロー。しんぺー(@s_s_p_y )です。
オフィより詳しくて、wikiよりも有用なsukekiyo情報サイト
「Gadget Zombie Parasite」へようこそ。
ぼくが行くようなDIR EN GREYやsukekiyoのLIVEなんかじゃLIVE中にスマホで写真撮る奴なんかめったにいない。
でも、この前のノ限(DIR EN GREYファンクラブ限定LIVE)で開演前だけひっさしぶりにそういう人いたわ。他の虜(DIR EN GREYのファン)に注意されてたけど。
んで、今日のネタはLIVE中にスマホで写真とか動画とか撮る奴許せる?ってかどう思う?って内容です。
目次
海外ではスマホでのLIVE撮影はオッケーなの?
これ、前から疑問に思ってたんだけだ海外だからってLIVEの撮影はダメなんじゃね?
明確なソース見つからなかったんだけど、多分ダメなんだけど、なし崩し的にオッケーになってて、後付けの理由でプロモーション効果が期待できるとかってなってそう。
だがしかし、sukekiyoのインタビューで京が確か海外LIVEが嫌な理由の一つに撮影を上げてた気がする。
最前で撮影された挙句に、その場で写真の撮影まで始めたって。それ見てすげー萎えたって。
それ何しに来てるんですか?とぼくなんかは思うわけ。
せっかく生のLIVEに来てるんだから今を楽しもうぜと思う。
LIVE中の撮影はノリの一種
でも、ふと思い出したのがレディガガの日本公演に参戦(?)した時のこと
盛り上がりと同時に周りがスマホを掲げて撮影しだしてんのね。で、おさまるとやめて、また違う曲のサビとかになるとまた撮影しだすのよ。
そこで、ふと思ったのがこれって頭振ったり拳振り上げたりするようなノリの一種なんじゃね?ってこと。多分この瞬間を切り取って持って起きたいって衝動と誰かに伝えたい!っていう本能なんじゃないかなと感じました。
人は本能的に体験をシェアしたい
で上の説を確信したのが昨日あった出来事“新宿で焼身自殺の事件”(実際には生きているらしいけど)
相当数の人が目撃して、画像付きでツイートしてて、YouTubeにも大量に動画が上がってた。
どういう気持ちで撮影したのかなんて、わからないけど、これ全部が全部ゆとりのバカッターとは思えない。
これってつまり目の前で起きていることをシェアしたいっていう欲求の現れなんじゃないのかなと思ったわけ。
あと、自分の体験した話だけど、この前のAppleStore表参道のオープンに行ってきた時もそう
カウントダウント同時にぼくを含めて周りの人が一斉にスマホを掲げた。
これもそう。誰かにシェアしたいってぼくは確かに思ってた。まぁブログを書くためってのもあるけど
しんぺーはこう思った。
でも、だからと言って日本のLIVEで撮影OKかってのは主催者によるぜ!ってところだけは誤解なきようお願いいたします。
それとぼく自身は、ぶっちゃけ周りで撮影しだされたらくっそウゼーって思います。まぶしいし、何より集中できないし、「何か」を侵害された感じになります。
その何かってのが多分、「今」しか感じられないLIVE感なんだと思います。楽しみ方は人それぞれだけど、LIVEに参加する人は全員「今」を共有するためにそこにいるわけだから、だからこそ「今」に集中すべきだと、ぼくは思います。
そして、そのことを正に体現するかのような出来事が昔おこりました。それがPIERROTのゲノムコントロールっていう出来事です。
ネットやケーブルテレビとか街頭ビジョン、ライブハウスのスクリーンにスタジオでの演奏を生放送するっていう形のLIVEだった。今では本会場での映像を遠隔地のライブハウスや映画館で見られるっていうライブビューイングがあるけど、当時としては同時に多数の人で何かを共有できるっていう感覚は珍しかったんじゃないかなと思う。
で、ここからが肝なんだだけど。
PIERROTは生放送終わりに、「今から一時間後に新宿でLIVEやるから」って宣言したわけ。で来れるやつは来い、来れない奴は残念だったなって宣言したわけ。
今まで同時に多数の人が共有してた感覚が、一瞬にして隔絶されたわけ。
LIVEに来れる人、来れない人、今まで共有してた時間とその破壊
これを正に体現させたLIVEだったわけ
今思えばこれってSNSがない時代に“今”がなんたるかを感じることができた数少ない表現方法の一つだったのかしら•••
と無理矢理オチをつけました。
と言ったところ本日は以上になります。おやすみなさい。