ぼくは正直この2日間、完全燃焼できたかと問われれば否と返さざるおえない。直前のFINEM LAUDAで完全燃焼できたかと問われれば否と返さざるおえない。それは何か?何が引っかかったのか。そしてDIR EN GREYが提示した未来、しかしそれは過去ツアーの再来だった。新規開拓よりも離れていったファンの引き戻しの方が彼らにとって費用対効果が高いのか?それはそうだ。あがったはずの出戻りバンギャは貯金も潤沢、職にもついてる•••なんてことも頭をよぎった。
でも、今日ふとある考えが降ってきた。妄想かもしれない。でも、もしそうだったら今度こそぼくは完全燃焼できるかもしれない。
目次
「TOUR16-17 FROM DEPRESSION TO ___ 」の先にある未来
今回発表された「TOUR16-17 FROM DEPRESSION TO ___ 」は、全7弾まであると薫がラジオで語っていた。それすなわち、「鬼葬」「VULGAR」「DUM SPIRO SPERO」の他に「MACABRE」「Withering to death.」「THE MARROW OF A BONE」「UROBOROS」が控えていると思って間違いない。
そしてぼくは、この先にARCHEの再構築が待ってるんじゃないかと思ってる。
おそらく「UROBOROS」の様に大阪城ホールで完全な状態になるのではないか?
では、なぜその様に考えたのか
まず1つがDUM SPIRO SPEROより前のDIR EN GREYの制作の仕方とDUM SPIRO SPEROとそれより後の作品の制作の仕方がそれぞれ異なっているためである。
UROBOROS以前〜DUM SPIRO SPERO
DUM SPIRO SPERO制作時のインタビューで薫が話していたが、DUMより前の制作については薫がみんなの意見をまとめるという姿勢をとってきた。しかしDUMに関しては薫の意見も多いに織り交ぜて制作したとのこと。
そして複雑かつ壮大な流れにあるDUMについては、LIVEや制作に関しても相当な緊張感とストレスがあったと推測される。
その反動がSustain the untruthやARCHEにつながったのではないだろうか。
Sustain the untruth、ARCHE
おそらく複雑を好む薫派とシンプル____というよりも、もっと体感で乗れる様な曲を欲したメンバーの間で対立構造があったのではないかと思われる。そしてその発露として次作であるSustain the untruthやARCHEがあり、またDieのDECAYSというDIR EN GREYとは全く異なったバンドがあるのではなかろうか。
すなわち、ARCHEはDIR EN GREYにとっては新しい表現手法であり、ある種実験だったのではないだろうか。
次はARCHEの反動がくる
しかしながら、彼らの今までの流れからするとこのままバンドがシンプルな方向に進んでいくのも何か違う気がする。
そこで、彼らは今までの流れを再確認する意味も込めて今回の「TOUR16-17 FROM DEPRESSION TO ___ 」というツアーを行うのではないだろうか。自らのコンテキスト(文脈や過去からの流れ)を再確認し、今の表現手法に織り交ぜる、それがDIR EN GREYの未来なのではないだろうか。
だからこそ、昨年実施済みのGAUZEを除いた全てのフルアルバムをなぞり過去を再確認するのだ。そして、過去はやがて現在に辿りつく、それすなわちARCHE
その結果ARCHEを再構築したものが産まれるのではないか。むしろ再構築せざる終えない、そうぼくは思います。
具体的に言うと、来年ARCHE大阪城ホール公演くるんじゃないでしょうか
しんぺーはこう思った。
と、まぁ全てはぼくの妄想です。
個人的には楽しいLIVEだった。でもDUMの時は涙するほどだったのが、今回はそうではなかったから少し肩透かしだったのかもしれない。
まぁでも、総合的に素晴らしいLIVEだったと思う。それは確か。
どんな未来が提示されるのか。そこに不安はない。
といったところで本日は以上です。
おやすみなさい。