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私のカワイイトラとウマ

トラウマ

死ぬほど死ぬことと生きることについて考えてよかった。

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最近実感している、自分には論理的思考工程が備わってて仕事場でそれを発揮できていると。

いや、周りからの評価は知らんけど実感しているだけで。

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その能力というか習慣ってどうやって身につけたのかと顧みると、死ぬほど死ぬことと生きることについて考えてノートに書き連ねてた時があったからだろうなと思う。友達いないから日がな一日、複数回スタバに言ってめちゃくちゃ甘いカスタマイズして、ひたすらノートに何で生きているのか、何で死なないのか、どうしてこんなにクソなのか、どうして誰からも必要とされないのか、どうして他人と違うのかを書きまくってた。フローチャートやら樹形図にして。

でも、それだけじゃないと思う。

経験があるだけでは何も活かせてなかったと思う。もう一つ重要なこと

それは、応用する力

自分の能力や特性があっても、それを目の前の状況に応じて適用させられなければ意味がないと思う。

学校のお気に入りの授業で教授が言ってた。
自分に合うか合わないかで環境を選ぶのではなく、目の前の状況に応じて特性や能力を展開できる能力の有無が重要

スティーブジョブズも言ってた。
重要なのは点と点を結んで線にすること。
一つ一つは関係ない出来事でも、線としてつながりを見せた時に初めて生きたものになってくる。

自分の死にたいって考えたことを応用して今に活かせてるんなら、無駄じゃなかったなと思う今日この頃

じゃ応用力ってどうやったら身につくのかっていうと、わからん。多分、突き詰めるしかないんじゃないかと思う。ぼくの場合でいうとひたすら死ぬこととなんで生きているのかについて考えまくったこと。その結論もさる事ながら、それに費やした時間と深度が重要だったんだろうなと思う。好きなことやぶち当たってることにひたすら取り組みまくることでいつの間にかほかの事例に応用できるようになっていくんじゃないかと思う。

適者生存って言って環境に適応できた生物だけが生き残れるのは世の理
でも、人間は環境を自分で変えることができる。

もし生命の危機がない環境なら自分に合うか合わないかではなく、自分の特性を適用できるのか、するには何をしたらいいのかを考えてみてもいいのではないかとぼくは思います。そのままで適用できなさそうなら環境を改変してもいいんじゃないかと思うし。

合うか合わないかではなく、自分の特性を適用するためにはって視点で環境を見つめなおしてもいいのではないかなと.

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