Angelo

Angeloを聴いてようやくピエラーのぼくの魂が救済された話。そこには未来があった。

Angeloを聴くことを辞めていた。PIERROTが解散してから、その影を追ってAngeloを聴いたけど、そこにはPIERROTはなくて、傷を追った怪物の姿しかなかった。両手がもがれ、苦しむようにのたうち回る姿には哀れさを感じていた。

だから、怖くなって聴かないようにしていた。

PIERROT復活

だから、嬉しくなった。もしかしたらPIERROTがまた見られるということよりも、Angeloに対して抱いた不安を打ち消すことができるかもしれないと思っていたのかも。もちろん、PIERROTの復活は嬉しかったし久しぶりのその空間は間違いなくPIERROTのそれだった。誰もがわかっていて、あえて口に出すことなんてなかったけど、それが紛れもない解散ライブだったってということ。でも、そこに悲しみはなくずっとつまずいていた何が取り除かれ、思い出に変わった。

そして、ANDOROGYNOS

みんなわかってる。あれはお祭りで、特別な時間だった。だからもう望まない。望まないで待ってる。召集があればいつでも駆けつける。西武ドームに全国から集結した時のように。

ピエラーってのは、古傷を抱えて、それが高質化して痛くも痒くもない状態になっている。そんな感じだけど、だけど、だけど、たまには古傷を眺めて、さすって、更新されないitunesのプレイリストや聴くタイミングが少なくなったFINALEのジャケット画像を見ながら他のアーティストの曲を再生している。

その気持ちは若干の感傷があって、青春という言葉が当てはまる感情なのかもしれない。

ぼくがAngeloを聴こうと決意したのは、昨今のコロナウィルスによる状況についてキリトが動画で語っていたのを見たからです。

曲は聴かなかったけど、ここ数ヶ月のYoutubeでの活躍は目にしていた。やっぱ、彼面白いからね。

その口から発せられる言葉は、昔崇拝したカリスマのそれのままで、どこまでも力強く信頼できるものだった。

「今は何もできないけど、収束した時こそ我々エンタメを生業とする者の出番。日本のアーティストはそんなにヤワじゃない。ファンにはカッコ悪い姿なんかみせない。」

PIERROTの頃からずっと貫いてきたものを感じた。

だから軽率にもAngeloに向き合ってみようと思って全アルバムを聴こうと思いました。

目次

魂は救済された。そこには未来があった。

結論を書きますが、ぼくのピエラーとしての魂はここにきてようやく救済されました。両手をもがれた怪物だと思っていたものは、今は違うナニかに変わり、PIERROTのように凶悪さではなく、ひたすら希望を振りまく女神のようでした。

AngeloはPIERROTじゃない、PIERROTはAngeloでもない。最終的にたどり着いたのはAngeloは自由だったという言葉でした。

以下、あくまで個人的な感想です。インタビューや予備知識等一切なく聴いています。ファンの方からすると不快に思われたり、一部間違っている部分なんかもあるかもしれません。
予めご承知おきください。

なお全アルバムが聴けるのはSpotifyのみのようです。

REBIRTH OF NEWBORN BABY

発売当時、聴いていて痛々しくて聴くに耐えなかった。だから聴くのを辞めたし、PIERROTの影を追うことを辞めたんだった。この頃にはDIR EN GREYに完全に振り切ってた。

今聴くと、やっぱり痛々しかった。傷だらけの怪物という感じで、その中にもキレイな歌声が垣間見えるような印象。
今こうして通しで聴くことができて本当によかった。

Design

正直FAITHまでなんとなく聴いていたのであまり印象はなかった。

2周目で聴き始めた時に感じたのは、キレイな曲ばかりだった。

BABEL

なんとなく今までにない試みをいくつもしているように感じました。通しで聴いてからこそ、このアルバムを機転に色々変われたんじゃなかろうかと予測しています。

なんとなく、新旧混在でここから新たにAngeloとしての道が始まったのかなと思うと、キリトの孤独やそれを支える2人はどういう心境で、このアルバムが生まれた時にそこはかとなく希望が生まれたんじゃないかと勝手に思い描いちゃってます。

RETINA

たまに、明らかにキリトはその時の興味分野が作品に影響しているんじゃないのか?って思う時があります。例えば、PIERROT時代のスカルアーマメントとかも某漫画の暴走族からとってるんじゃないかと思うし、このRETINAもiPhoneからとったのかな?とか思うし。キリトの使用機材について知識はありませんが、スティーブ・ジョブズに傾倒してたのかな。

FAITH

ここまで何となく作業中に流しながら聴いてきたAngeloのアルバムの中で一番「はっ」としたのがこのアルバムでした。
思わず手を止めてしまった。

それと時系列で聴いてるから、この時はまだ知らなかったけど、この後に続くアルバムがどれも進化が続く感じで度肝抜かれ続けます。

PSYCHE

PRAYという曲。なんというかきっとこれはレクイエムで、今までのPIERROTやキリトへのレクイエムなんじゃないかと今思えています。そして、ずっと心に抱えていたぼくのピエラーとしての何かが癒された瞬間だったかもしれません。仕事中に聴いてたから思わず曲の方を停止しました。涙が溢れそうになって、我慢するのが大変でした。でもポロ、ツーをしなかったのはきっと下瞼がでかいからでしょう。

CORD

これもまーた「キリトプログラミングやり始めた??」って言うことを感じるようなタイトルですが、思い返すとPIERROTの時の神話やゲノムその辺がプログラムという形を変えた「仕組まれたモノ」という意味あいに変わってるのかなとか勝手に解釈。

HETERODOX

ここまで聴いてきたAngeloと明らかに異なっている。キリトの歌声がキレイでかつ力強い
どうも、Angeloはコンスタントにほぼ毎年アルバムを出していることに気がついた。なんかその精力的なペースに強い意志を感じる。

RESONANCE

ここまで書いてきて、早くこのアルバムについてのところに来たくてウズウズしました。本当に度肝抜かれるほど驚いた。
思わず笑っちゃったくらいに、すごいアルバムでした。もうこのバンドはPIERROTとは完全に違うものに進化していました。もし、ぼくと同じような思いからAngeloが聴けない人がいるんだったら、是非聴いて欲しいと思います。聴かなくてもいい。

聴かなくてもいいけど、ぼくは聴いてよかったと心の底から思います。解き放たれるとはこういうことを言うのかもしれません。

FAUST

そして、このアルバム。

PIERROTはコンセプチュアルなアルバムを作り、その世界観を大事にしていたと思います。なんとなく、それに近い表現方法が取られているように感じました。

ただ、ここには紛れもない希望が存在していて、この先どんなものが描かれるのか
ここまで通してきてぼくが見出したのは「自由」というキーワードでした。

Angeloはどこまでも制限がなく、自由で、どこにでも行ける。そういう意思表明でもあるのかなと思いました。


しんぺーはこう思った。

改めて、本当に通しでこのタイミングで聴けてよかった。

今、俯瞰してようやく聴くことができた。

PIERROTの解散、そしてその結果受けた傷というものが少なからずあって、きっとメンバー自身にもそれがわかってるはずで、そのことについては歌詞のいたるところから感じ取れる。
そして、新たなメンバー等も両者ともに解散をしている。きっとそのファンだった人たちももしかしたら、こういう気持ちなのかもしれない。痛くて痛くて聴くことができない。

それぞれのタイミングで、もし再び彼らの音楽に触れることがあって、そしてもしそれが何かの救いになるようだったらそれは幸せなことだと思います。
何か他の場所で違う幸せに巡り合っているかもしれない。けれど、心のどこかに何かを抱えている自覚があるなら、少し聴いてみてもいいんじゃないかと思います。

ぼくは、その少しの勇気を出すことで救われました。

そして、Angeloの未来を一緒に見てみたいと思いました。

と言ったところで本日は以上です。
おやすみなさい。

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しんぺー

ハロー。しんぺーと申します。 LIVEにいくのが好きなバンギャです。男ですが。DIR EN GREYとsukekiyoの東京公演にはだいたいおります。主にLIVEレポやガジェット関連のことをブログに書いております。フォローいただけますと幸いです。

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